東京高等裁判所 平成7年(行ケ)298号 判決 1997年11月05日
アメリカ合衆国
カリフォルニア州 92714、アーバイン、スーツ200、メイン・ストリート 2355
原告
ディスコビジョン アソシエーツ
代表者
デニス・フィシェル
訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
河野哲
同
勝村紘
同
中村俊郎
同
伊藤嘉昭
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
松野高尚
同
吉村宅衛
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成6年審判第13854号事件について、平成7年6月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1980年7月16日にアメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和56年7月13日にした特許出願(特願昭56-108313号)を原出願とする分割出願として、昭和62年3月5日、名称を「再生装置」(後に「光学式ディスクの再生装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭62-48990号)が、平成6年5月24日に拒絶査定を受けたので、同年8月22日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成6年審判第13854号事件として審理したうえ、平成7年6月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月21日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
光学式ディスクの情報トラック上に格納されたディジタル情報を再生させるための装置であって、前記情報は離隔されたマークの連続として前記情報トラックに沿って格納され、前記各マークおよび連続するマーク間の各スペースはそれぞれ格納されるべき一連のコード・ブロックから分離された複数ビットのバイナリ・コード・ブロックに従って個々に変化し得る長さを有するものであって、前記ディジタル情報を再生させるための装置には、前記マーク及びスペースの格納パターンに従って変化する読取信号を発生させるために前記光学式ディスクの情報トラックをレーザビームスポットにより走査しその反射光を光電変換する第1の手段と、前記読取信号に基いて前記連続するマークおよびスペースの長さを検出し、それらの検出値から直接的にそれぞれ対応する特定のコード・ブロックを表す出力信号を発生させるために前記読取信号に応答する第2の手段と、前記第2の手段から発生する出力信号を一時的にバッファに蓄え、その後、これを前記バッファから一定の速度で出力させる第3の手段とが具備されており、かつ、前記第2の手段は、前記各マーク若しくは各スペースの長さ{L}は、前記読取信号の所定周波数下限値に関連して定まる最大長さ{Lmax}を複数{n}にて等分割してなる各長さの全体{1・Lmax/n、2・Lmax/n、・・・n・Lmax/n}の中から、前記レーザビームスポットの径に関連して定まる所定周波数上限値を越える周波数帯域に対応する各長さ{1・Lmax/n、2・Lmax/n、・・・m・Lmax/n}(但し、1≦m<n)を除いた残りの各長さ{(m+1)・Lmax/n、(m+2)・Lmax/n、・・・n・Lmax/n}の中から適宜に選択されるとの規則を前提として、前記読取信号に応答して特定のコード・ブロックを表す出力信号をそれぞれ発生すること、を特徴とする光学式ディスクの再生装置。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願の優先権主張日前の出願(1980年7月14日)であって、その出願後に公開された特願昭56-109642号明細書及び図面(特開昭57-48848号公報、以下、図面を含め「先願明細書」といい、そこに記載された発明を「先願発明」という。)に記載された発明と同一であるから、特許法(平成5年法律第26号による改正前のもの)29条の2の規定により、特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、先願明細書の記載事項の認定、本願発明と先願発明との一致点及び相違点の認定、本願発明の構成のうち、前記第1の手段及び第2の手段は先願明細書から当業者が自明の事項として読み取れる構成であること(審決書7頁20行~9頁1行)は、いずれも認める。
審決は、本願発明の技術的意義を誤認し、その結果、本願発明と先願発明とが同一であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 従来の光学式ディスクに貯蔵されたディジタル情報を再生するための再生装置は、ディスク上に離隔して記録された各マークのみが個々に変化し得る長さによって識別されるようにしたパルス幅変調形式により、ディジタル情報を記録するものであり、このような従来システムにおいては、マーク間のスペースは通常一定に保たれ、スペースについては、その長さが個々独立に変化するものではなかった。
これに対し、本願発明に係る光ディスクシステムにおいては、より高能率でディジタル情報を記録し再生するために、可変長のマークの長さ及び可変長のスペースの長さによって、ディジタル情報を表わすようにしたものである。
すなわち、本願発明のディジタル情報は、複数ビットのバイナリ・コード・ブロックに従って個々に変化し得る長さを有するマーク及びマーク間のスペースによって光学式ディスクの情報トラック上に格納されているものである。一般に、連続するディジタル情報をコード・ブロックに区分して格納したり伝送する場合、各コード・ブロックのビット数が異なると情報としての取扱いが極めて複雑になるので、通常、各コード・ブロックのビット数は一定とされる。
本願発明の実施例の場合は、4ビット単位でブロック化されている。そして、このような情報の記録された光学式ディスクを再生する場合、光学式ディスクは通常一定速度で回転させるから、個々に変化する長さを有するマーク及びスペースは、その長さに比例する時間間隔で読み取られ、該読取信号に基いて連続するマーク及びスペースの長さを検出し、それらの検出値から直接的にそれぞれ対応する特定のコード・ブロックを表す出力信号を発生する。したがって、マーク及びスペースの長さが長い領域と短い領域とでは、異なる時間間隔で特定のコード・ブロックを表す出力信号が発生し、この特定のコード・ブロックを現す出力信号は、常に一定の速度でバッファへ入力するわけではない。
他方、本願発明の「前記第2の手段から発生する出力信号を一時的にバッファに蓄え、その後、これを前記バッファから一定の速度で出力させる第3の手段」において、「一定の速度で出力させる」とは、単位時間当たりに出力される情報量が常に一定であることを意味するから、バッファからの特定コード・ブロックの出力速度が常に一定であることを示している。例えば、映像信号や音声信号を再生する場合に、特に一定の速度で出力させる必要があるのである。このように、第2の手段から異なる時間間隔で発生した特定コード・ブロックを、第3の手段から一定の速度で出力させるためには、入力と出力間の時間的な調整が不可欠であり、クロック変更バッファを用いない限り、一定速度での出力は得られないのである。
本願明細書(甲第2、第3号証)には、クロック変更バッファという用語を用いてはいないが、「コード・ブロックが含む特定の情報によって決定される可変的な率でデコーダ69から受取られる連続した入力コード・ブロックのあらかじめ決められた部分を貯蔵するために、バッファ及びデフォーマッタ装置77は充分に大きいメモリ容量を含まねばならない。これにより、装置77からは、情報が実質的にリアルータイム態様で出力される」(甲第3号証20頁3~10行)と記載されているように、本願発明のバッファが、ディスク回転モータの回転変動の影響等を補償するのに必要とされるバッファよりも実質的に大きな容量を必要とし、第2の手段から発生する出力信号を一時的に蓄え、その後、これを入力速度と異なる速度で出力させるためのものであり、クロック変更バッファであることが示されている。
2 先願明細書には、2値符号変換方法により記録された記録媒体から得られた情報ビットを再生するための装置の構成が開示されており、その再生装置は、変調器、エラー訂正システムのデコーダ、及びアナログ信号の複製物を再生するためのアナログ/デジタル変換器とを有している。そして、先願明細書に記載されたデータフォーマットの構成が、本願発明のデータフォーマットの構成に含まれることは認めるが、本願発明に相当するバッファについては、先願明細書に何も記載されていないし、示唆もされていないから、先願発明は、本願発明特有のクロック変更バッファを有するものではない。
この点について、審決は、「光学式ディスクの再生装置において、コード化された出力信号を一旦バッファに蓄え、その後一定の速度で読出すようにして、光学式ディスクの回転ムラ等にともなう出力信号の出力タイミングのばらつきを吸収することは、周知慣用手段」(審決書9頁2~7行)であるとし、その周知慣用手段は、電子通信学会技術研究会報告Vol.78 No.93 EA78-27「光学式ディジタルオーディオディスクの一構成」(1978年7月25日)(甲第5号証、以下「周知例1」という。)及び昭和54年1月20日付けソニー株式会社音響事業本部発行「SONY ES REVIEW」Vol.34(6~9頁)(甲第6号証、以下「周知例2」という。)に記載されているとする。
この周知例1及び2に、ディスクの回転変動の影響を補償するT.B.Cが記載され、このようなクロック変更機能を伴わないバッファが周知慣用手段であることは認める。しかし、前述したように、本願発明の特徴であるデータ記録フォーマットの特性に適合するバッファは、クロック変更バッファであり、このようなクロック変更バッファは、上記周知例1及び2に開示されておらず、周知慣用手段でもない。また、本願発明において上記バッファを設けた点は、取り扱う情報の性質と、この情報を効率的に再生するという本願発明の方法における必要性から生じたもので、単なる設計事項にすぎないものではなく、当業者が必要に応じて任意に付加できるものではない。
したがって、審決が、「本願発明に第3の手段を設けた点は単なる設計事項にすぎないものであり、当業者が必要に応じて任意に付加できるものである。してみると、先願明細書には本願発明と実質的に同一の発明が記載されていると言い得る。」(審決書9頁14~18行)と判断したことは、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 原告は、先願明細書に記載された記録フォーマットの構成が、本願発明の記録フォーマットの構成に含まれることを認めているが、先願発明の記録フォーマットは、光ディスクシステムに入力された信号の速度と再生された信号の速度が相違するものではないのであるから、先願発明の記録フォーマットを再生する場合には、バッファの機能としては、クロック変更機能を有する必要はなく、モータ速度の変動を補償する機能を有すればよいのである。
原告は、本願発明をあたかも本願明細書に記載された実施例のみに限定して解釈できるように主張しているが、この主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づくものではなく、誤りである。
2 先願発明がクロック変更バッファを有するものでないことは認めるが、本願発明のバッファも、前示のとおり、クロック変更機能を必ず有しなければならないものではなく、発明の要旨においても、第3の手段における「バッファ」が「クロック変更バッファ」である旨の限定はなされていないから、このようなバッファは、光学式ディスクの回転ムラ等にともなう出力信号の出力タイミングのばらつきを吸収するためのものといえる。
そして、このような出力タイミングのばらつきを吸収するためのバッファが周知慣用手段であることは、原告も認めるところであるから、先願発明について、この周知慣用のバッファを設定すれば、本願発明と実質的に同一になることは明らかである。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書9頁1~18行)に、誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 本願発明の要旨の認定、先願明細書の記載事項の認定、本願発明が「第2の手段から発生する出力信号を一時的にバッファに蓄え、その後、これを前記バッファから一定の速度で出力させる第3の手段」(審決書7頁17~19行)を有するのに対し、先願発明はこの第3の手段を欠くが、その他の構成において実質的に差異がないこと、先願発明のデータフォーマットの構成が、本願発明のデータフォーマットの構成に含まれることは、いずれも当事者間に争いがない。
本願発明は、前示要旨に示すとおり、「光学式ディスクの情報トラック上に格納されたディジタル情報を再生させるための装置であって、前記情報は離隔されたマークの連続として前記情報トラックに沿って格納され、前記各マークおよび連続するマーク間の各スペースはそれぞれ格納されるべき一連のコード・ブロックから分離された複数ビットのバイナリ・コード・ブロックに従って個々に変化し得る長さを有するもの」であり、本願明細書(甲第2、第3号証)の発明の詳細な説明の「実施例の説明」には、ディスク状レコード上にディジタル化された映像信号を記録するための記録装置が示され、その映像信号を4ビット・コード・ブロックに変換し、変換された16個の4ビット・コード・ブロックに対して、情報トラック上の16種類の1.0L~2.5Lのマーク(又はスペース)の長さ(パルス出力の持続時間)を対応させること(甲第3号証10~14頁)と、「コード・ブロックが含む特定の情報によって決定される可変的な率でデコーダ69から受取られる連続した入力コード・ブロックのあらかじめ決められた部分を貯蔵するために、バッファ及びデフォーマッタ装置77は充分に大きいメモリ容量を含まねばならない。これにより、装置77からは、情報が実質的にリアルータイム態様で出力される」(同号証20頁3~10行)ことが記載されている。
これらの記載によれば、本願明細書では、映像信号を変換した4ビット信号を、ディスクの情報トラック上の1.0L~2.5Lの長さのパルスの持続時間に変換する実施例が示され、この実施例の場合、ディスクの回転速度は一定であるから、各パルスの1ビットに対応する時間はそれぞれ異なり、もとの映像信号を再生する場合には一定の速度で出力させる必要があるので、それぞれの時間を等しく出力するため、入力と出力間の時間的な調整を行うクロック変更バッファを用いることになり、その結果、情報が実質的にリアルータイム態様で出力されるものと認められる。しかし、上記実施例のように情報トラック上のマーク(又はスペース)の長さに対応するビット数が常に一定であることは、本願発明の要旨とはされておらず、かえって前示要旨に示すとおり、「複数ビットのバイナリ・コード・ブロック」を用いることが示されているだけであるから、本願発明の構成は、上記実施例のようなビット数が常に一定のものに限定されないものと認められる。
一方、先願明細書(甲第4号証)に、「光学式ディスク再生装置において、8ビットのデータ・ブロックBDiをd-k規則を満足する14ビットの情報ブロックBIiに変換した後、これに3ビットの分離ブロックBSiを付加して17ビットのチャンネルブロックBCiを得るとともに、このチャンネルブロックBCiに対してNRZIによるパルス変調を施してパルス変調波形WFを発生し、これに基いてマーク及びスペースを記録し、これを再生すること、及びマーク及びスペースの長さは、その最大が11T(ここで、Tは単位長さ)であり且つその最小が3Tであること」(審決書5頁8~19行)との記載があることは、当事者間に争いがない。
この記載及び先願発明の実施例を示す第1図(甲第4号証14頁)によれば、先願発明の記録フォーマットでは、最小3Tから最大11Tまでマーク又はスペースの長さは変化し、この長さの変化するマーク又はスペースの有する情報は、長さに応じて3ビットから11ビットまでの情報を有するから、マーク又はスペースの長さはビット数に比例し、ディスクの回転速度が一定である限り、いずれのビットも同じ時間間隔で出力するから、クロック変更バッファを用いる必要がないことは明らかである。
そして、先願発明の上記のようなマーク又はスペースの長さに比例して異なるビット数の情報を格納するような記録フォーマットが、本願発明の要旨に示される記録フォーマットに含まれるものであることは、前示のとおり原告も認めるところであり、本願発明において、このようないずれのビットも同じ時間間隔で出力する記録フォーマットを再生する場合、第2の手段から発生する出力信号は同じ時間間隔(一定の速度)でバッファに入力し、一時的に蓄えられて、入力信号と同じ一定の速度で出力することになるから、当該バッファがクロック変更機能を有する必要がないことは、先願発明の場合と同様である。
原告は、本願発明の前記実施例の記載が、マーク又はスペースの長さに対応するビット数が常に4ビットで一定であることから、入力と出力間の時間的な調整を行う必要があり、本願発明ではクロック変更バッファを用いることが不可欠であると主張する。
しかし、本願発明の記録フォーマットが、ビット数が一定のものに限られないことは、前示のとおり原告も認めるところであり、本願発明の要旨において、当該バッファがクロック変更機能を有するものであることが規定されていない以上、実施例の態様においてクロック変更バッファを用いる必要があったとしても、そのようなバッファが本願発明の必須の構成要件となるものでないことは明らかであり、原告の上記主張は採用できない。
2 そうすると、本願発明の「第2の手段から発生する出力信号を一時的にバッファに蓄え、その後、これを前記バッファから一定の速度で出力させる第3の手段」に示されるバッファは、クロック変更機能を有するものに限定されず、通常の、「光学式ディスクの再生装置において、コード化された出力信号を一旦バッファに蓄え、その後一定の速度で読出すようにして、光学式ディスクの回転ムラ等にともなう出力信号の出力タイミングのばらつきを吸収する」(審決書9頁2~7行)ものを含むと認められる。そして、このようなディスクの回転変動の影響を補償するバッファが、周知慣用手段であることは、原告も認めるところであり、周知例1及び2(甲第5、第6号証)にも示されるとおりであるから、このような周知慣用手段を先願発明に採用することは、当業者が単なる設計事項としてできることと認められ、そうすれば、先願明細書には本願発明が実質的に記載されているものというべきである。
したがって、審決が、「本願発明に第3の手段を設けた点は単なる設計事項にすぎないものであり、当業者が必要に応じて任意に付加できるものである。してみると、先願明細書には本願発明と実質的に同一の発明が記載されていると言い得る。」(審決書9頁14~18行)と判断したことに誤りはない。
3 以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成6年審判第13854号
審決
アメリカ合衆国、カリフオルニア州 92627、コスタ・メサ、スウイート 211、フェアービユー・ロード 2183
請求人 デイスコビジョン アソシエーツ
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 鈴江武彦
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 村松貞男
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 花輪義男
昭和62年特許願第48990号「光学式ディスクの再生装置」拒絶査定に対する審判事件(平成3年8月9日出願公告、特公平3-52149)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
Ι. 手続の経緯及び本願発明の要旨
本願は、昭和56年7月13日に出願された特願昭56-108313号(優先権主張1980年7月16日、米国)の特許出願の一部を特許法第44条第1項の規定により分割して新たな特許出願として昭和62年3月5日に出願されたものであって、原審において出願公告されたところ、特許異議申立人、シャープ株式会社、カズコ エス カーナウ、株式会社東芝、及び松下電器産業株式会社より異議申立があり、そのうちの一つであるシャープ株式会社の異議申立は理由があるものと決定され、その決定の理由により拒絶されたものであって、その発明の要旨は、出願公告後の平成5年1月4日付けの手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載かちみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「光学式ディスクの情報トラック上に格納されたディジタル情報を再生させるための装置であって、前記情報は離隔されたマークの連続として前記情報トラックに沿って格納され、前記各マークおよび連続するマーク間の各スペースはそれぞれ格納されるべき一連のコード・ブロックから分離された複数ビットのバイナリ・コード・ブロックに従って個々に変化し得る長さを有するものであって、前記ディジタル情報を再生させるための装置には、前記マーク及びスペースの格納パターンに従って変化する読取信号を発生させるために前記光学式ディスクの情報トラックをレーザビームスポットにより走査しその反射光を光電変換する第1の手段と、前記読取信号に基いて前記連続するマークおよびスペースの長さを検出し、それらの検出値から直接的にそれぞれ対応する特定のコード・ブロックを表す出力信号を発生させるために前記読取信号に応答する第2の手段と、前記第2の手段から発生する出力信号を一時的にバッファにえ、その後、これを前記バッファから一定の速度で出力させる第3の手段とが具備されており、かつ、前記第2手段は、前記各マーク若しくは各スペースの長さ{L}は、前記読取信号の所定再生周波数下限値に関連して定まる最大長さ{Lmax}を複数{n}にて等分割してなる各長さの全体{1・Lmax/n、2・Lmax/n、・・・n・Lmax/n}の中から、前記レーザビームのスポットの径に関連して定まる所定再生周波数上限値を越える周波数帯域に対応する各長さ{1・Lmax/n、2・Lmax/n、・・・m・Lmax/n}(但し、1≦m<n)を除いた残りの各長さ{(m+1)・Lmax/n、(m+2)・Lmax/n、・・・n・Lmax/n}の中から適宜に選択されるとの規則を前提として、前記読取信号に応答して特定のコード・ブロックを表す出力信号をそれぞれ発生すること、を特徴とする光学式ディスクの再生装置。」
Ⅱ. 原査定の理由
これに対して、前記特許異議の決定の理由の概要は、本願発明は、本願の優先権主張日前の出願(優先権主張1980年7月14日)であって、その出願後に公開された特願昭56-109642号(特開昭57-48848号公報参照)に記載された発明と同一であるから特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない、というものである。
Ⅲ. 引用刊行物
特願昭56-109642号(以下、先願明細書と言う。)には次の事項が記載されている。
「光学式ディスク再生装置において、8ビットのデータ・ブロックBDiをd-k規則を満足する14ビットの情報プロックBIiに変換した後、これに3ビットの分離ブロックBSiを付加して17ビットのチャンネルブロックBCiを得るとともに、このチャンネルブロックBCiに対してNRZIによるパルス変調を施してパルス変調波形WFを発生し、これに基いてマーク及びスペースを記録し、これを再生すること、及びマーク及びスペースの長さは、その最大が11T(ここで、Tは単位長さ)であり且つその最小が3Tであること。」
Ⅳ. 対比判断
そこで、本願発明と先願明細書に記載された発明とを比較すると、両者は、「光学式ディスクの情報トラック上に格納されたディジタル情報を再生させるための装置であって、前記情報は離隔されたマークの連続として前記情報トラックに沿って格納され、前記各マークおよび連続するマーク間の各スペースはそれぞれ格納されるべき一連のコード・ブロックから分離された複数ビットのバイナリ・コード・ブロックに従って個々に変化し得る長さを有するものであって、前記ディジタル情報を再生させるための装置であって、前記各マーク若しくは各スペースの長さ{L}は、前記読取信号の所定再生周波数下限値に関連して定まる最大長さ{Lmax}を複数{n}にて等分割してなる各長さの全体{1・Lmax/n、2・Lmax/n、・・・n・Lmax/n}の中から、読取用レーザビームのスポット径に関連して定まる所定再生周波数上限値を越える周波数帯域に対応する各長さ{1・Lmax/n、2・Lmax/n、・m・Lmax/n}(但し、1≦m<n)を除いた残りの長さ{(m+1)・Lmax/n、(m+2)・Lmax/n、・・・n・Lmax/n}の中から適宜に選択されるとの規則を前提として、前記読取信号に応答して特定のコード・ブロックを表す出力信号をそれぞれ発生すること、を特徴とする光学式ディスクの再生装置。」である点で一致するが、先願明細書いは、本願発明の構成要件である、「マーク及びスペースの格納パターンに従って変化する読取信号を発生させるために光学式ディスクの情報トラックをレーザビームスポットにより走査しその反射光を光電変換する第1の手段と、前記読取信号に基いて前記連続するマークおよびスペースの長さを検出し、それらの検出値から直接的にそれぞれ対応する特定のコード・ブロックを表す出力信号を発生させるために前記読取信号に応答する第2の手段と、前記第2の手段から発生する出力信号を一時的にバッファに蓄え、その後、これを前記バッファから一定の速度で出力させる第3の手段」については記載がない。しかしながら、先願明細書には、マーク及びスペースの格納パターンにしたがって記録された光学式ディスクを再生して14ビットの情報ブロックを得ることが記載されており、その際、先願明細書に記載された再生装置が、マーク及びスペースの格納パターンに従って変化する読取信号を発生させるために光学式ディスクの情報トラックをレーザビームスポットにより走査しその検出光を光電変換する手段、及び読取信号に基いて前記連続するマークおよびスペースの長さを検出し、それらの検出値から直接的にそれぞれ対応する特定のコード・ブロックを表す出力信号を発生させるための手段を有することは、当業者にとって自明の事項である。また、先願明細書には、光学ディスクが反射式であるか透過式であるかの明確な記載はないが、いずれの方式も周知のものであり、かつ反射式を用いたことに格別の意味もないので、反射式を用いた点は単なる設計事項にすぎない。したがって、本願発明の構成要件であるところの第1の手段及び第2の手段は、先願明細書から当業者が自明の事項として当然読みとれる構成である。次に、本願発明の構成要件であるところの第3の手段について検討するに、光学式ディスクの再生装置において、コード化された出力信号を一旦バッファに蓄え、その後一定の速度で読出すようにして、光学式ディスクの回転ムラ等にともなう出力信号の出力タイミングのばらつきを吸収することは、周知慣用手段(例えば、電子通信学会技術研究報告 EA78-27「光学式ディジタルオーディオディスクの一構成」Vol.78 No.93(1978年7月25日)、或いは、昭和54年1月20日付ソニー株式会社音響事業部発行「SONY ES REVIEW」Vol.34(P.6-P.9)参照)であるから、本願発明に第3の手段を設けた点は単なる設計事項にすぎないものであり、当業者が必要に応じて任意に付加できるものである。してみると、先願明細書には本願発明と実質的に同一の発明が記載されていると言い得る。
Ⅳ. むすび
以上のとおりであるから、本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一であり、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年6月23日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人のため出訴期間として90日を附加する。